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お葬式や法事において大安を選ぶことは大丈夫?

「大安」という言葉を耳にすると、多くの人がまず思い浮かべるのは結婚式や引越しといった、人生の新たな門出にふさわしい明るく清々しいイメージではないでしょうか。「大いに安らか」と書くこの六曜のひとつは、古来より吉日とされ、何をするにも縁起が良いと信じられてきました。しかし、そこに潜むもう一つの側面、つまり「お葬式や法事において大安を選ぶこと」については、あまり語られることがありません。

このテーマに向き合うことは、一見すると違和感を覚えるかもしれません。けれども、実際には大安に葬儀を執り行うことは一定の合理性と、深い人間の心の動きが背景にあるのです。本記事では、「大安と葬儀」という一見相反するようなテーマについて、新たな視点から掘り下げ、私たちが日常に抱く“安らぎ”や“調和”という価値観に改めて目を向けてみたいと思います。

そもそも「六曜」とは何でしょうか。仏教や陰陽道などと並んで、日本の暦の文化に根ざした六曜は、先勝・友引・先負・仏滅・大安・赤口の六つの日柄で構成されています。その中でも大安は、何事においても成功する日とされ、特に結婚式や開業などのおめでたい行事で多く選ばれます。だが、現代においてはこの六曜そのものの信憑性や意義が問い直される一方で、精神的な支柱として、いまだ多くの人々に影響を与え続けています。

さて、ではなぜ大安に葬儀を行うという選択があるのでしょうか。一見すると「おめでたい日になぜ…?」と思われがちですが、その理由には深い意味が込められています。

まず一つ目の理由は、「安らかさ」への願いです。大安は「大いに安らか」と書きます。この“安らかさ”が、故人の魂が静かに旅立つことを願う上で、非常に象徴的な意味を持ちます。葬儀というのは確かに悲しみの場ではありますが、それと同時に、故人をこの世から見送る神聖な「旅立ちの儀式」でもあります。そう考えたとき、大安のもつ「安らかであること」「調和に満ちた日であること」は、むしろ葬儀にふさわしいと捉えることができるのです。

二つ目に、遺された家族の心を癒すという視点があります。葬儀という行為は、死者のためだけにあるのではありません。残された者たちが「別れ」という現実を受け入れ、次の一歩を踏み出すための、精神的な儀式でもあります。大安の日に葬儀を執り行うことで、心の奥底に「これは吉日なのだ」「故人は良い日に旅立ったのだ」という小さな希望の種が芽生えることがあります。その種は、やがて「大切な人の死」という事実に癒しをもたらす光となって、遺族の心を照らすのです。

実際に、私の知人の一人が祖父の葬儀を大安の日に行いました。驚いたことに、その場には重苦しさはほとんどなく、むしろ温かな空気に包まれていました。祖父は生前から「俺の葬式は静かで、でも明るいものにしてくれ」と語っていたそうで、家族はその意志を尊重して、大安という日を選びました。

葬儀の日、参列者たちは重々しい表情をしていたものの、時間が経つにつれて少しずつ表情が柔らかくなっていきました。故人の人柄に合わせて流された好きな音楽、明るい花々に囲まれた祭壇、そして何よりも「今日は大安」という象徴的な日取りが、その場に集まった人々の心に静かな安心感を与えていたように思えました。知人は後日、「祖父が旅立ったのが大安でよかった」と、何度も語っていたのが印象的でした。

もちろん、すべての家庭がこのように感じるわけではありません。日本は地域によって習慣や文化が大きく異なる国です。ある地域では「仏滅でこそ葬儀を行うべき」とされていることもあり、六曜に対する考え方も様々です。それでも、現代社会では「自分たちらしい送り方」を選ぶ家族が増えています。その一環として、大安に葬儀を行うことも、家族の思いを尊重する一つの方法となってきているのです。

さらに、現代の葬儀の現場では実務的な要素も大きく影響します。寺院や斎場のスケジュール、参列者の都合、喪主や遺族の体調など、さまざまな事情を考慮して日程が決定されます。そうした現実的な事情の中で、たまたま大安と重なることも少なくありません。その場合に、「大安だから避ける」というよりも、「大安だからこそ前向きな気持ちで送れる」と捉える傾向が、少しずつ広がってきているのです。

六曜というのは、あくまでもひとつの目安です。そこに過度な意味を持たせすぎると、かえって柔軟な判断を妨げてしまうこともあります。ですが、その一方で、こうした暦の知恵が人々の気持ちを支える存在にもなり得るという点は、見落としてはならない事実です。

私たちは何かを選択するとき、理屈だけでは説明できない「感覚」や「直感」にも耳を傾けます。葬儀の日取りという非常にデリケートな問題においても、それは例外ではありません。大切なのは、選んだ日が家族や故人にとって納得のいくものであるかどうか。その「納得感」が、後々の心の支えとなるのです。

最後に、もしあなたが大切な人を見送る立場になったとき、「この日をどう選ぶか」という問いに直面するかもしれません。そのときに、六曜という暦の一片が、あなたの心をそっと支えてくれるかもしれません。そして「大安」という言葉に、安らぎと希望の意味を見出すことができたなら、それはきっと、あなたにとっても、そして旅立つ人にとっても、意味のある一日になるのではないでしょうか。

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