MENU

孫が旅行で葬式に出ない

誰かの「最期」に立ち会えないということ。
それがたとえ、血の繋がった家族であったとしても――人生には、どうしても避けられない事情というものがあります。

たとえば、祖父母の訃報を、旅先で聞いたとき。
その知らせは、まるで冬の海のような静けさと冷たさを伴って、胸の奥深くに沈んでいきます。
「間に合わなかった」と呟く声が、自分自身からか、それとも誰かの非難めいた声なのか、判然としないまま、時計の針だけが進んでいく。

旅に出ている間に、大切な人を見送る機会を失ってしまうこと。
これは、どこかで誰しもが抱え得る現代のジレンマです。
今回のテーマは、「孫が葬式に出ない」という、ある種センシティブでありながらも、現代社会ならではの深い問いを孕んだ話題について。

あなたならどうしますか?
旅先で祖父母の訃報を知ったとき、すぐに帰る決断を下しますか?
それとも――そのまま旅を続ける選択をしますか?

実際、そんな場面に直面したある女性の話を聞いたことがあります。
彼女は社会人になって数年が経ち、ようやく念願の海外一人旅を実現させたタイミングで、祖母の急逝を知ったそうです。
「祖母の体調が良くない」とは聞いていたものの、旅立つ前に会ったときはまだ笑顔で、「気をつけて行ってらっしゃい」と手を振ってくれた、と。
だから、まさか自分がいない間に旅立ってしまうなんて、夢にも思わなかったと話してくれました。

電話口で家族と話しながら、涙があふれたといいます。
しかし、旅のスケジュールをすべてキャンセルするには高額なキャンセル料がかかること、現地では既に予定していたビジネスの会合があることなど、いくつもの現実的な要因が重なり、結局そのまま旅を続けるという選択をしたのです。

帰国後、彼女はお墓に足を運び、祖母と静かに語り合ったと言っていました。
その瞳には、どこか後悔と安堵が交差するような、複雑な感情が宿っていたのを覚えています。

このようなケースは、実は意外と多く存在しています。
「葬儀に出られなかったこと」を、責められるべきことだと感じてしまう人も少なくありません。
けれど、現実の社会は、そんなに単純でも冷酷でもないのです。

まず一つ、考えてみたいのが「旅行の性質」です。
たとえばそれが長期の計画的な旅行だったり、仕事を兼ねた海外出張であった場合。
航空券、宿泊費、同行者とのスケジュールなど、キャンセルするには多くの調整が必要になります。
また、パスポートの有効期限やビザの条件によっては、すぐに帰国することさえ叶わない状況もあります。

一方で、国内の短期旅行であれば、場合によっては日程を変更してでも帰省することは不可能ではありません。
とはいえ、ここでも重要なのは「葬儀の日程に間に合うかどうか」だけではないのです。

次に考慮すべきは、「家族の意向」。
家族の中には、「無理に帰ってこなくていいよ」と言ってくれる人もいます。
特に家族葬を選ぶ家庭では、「近親者だけで静かに送りたい」という希望がある場合も多く、全員が集まることを必須とはしない傾向があります。

それに加えて、故人との関係性も大きな要素になります。
たとえば、祖父母と物心ついた頃から離れて暮らしていたり、ほとんど会話を交わす機会がなかったという場合、その存在が「遠い親戚のように」感じられてしまうこともあるかもしれません。
もちろん血縁というだけで人の感情は割り切れないものですが、「深く悼む」という行為そのものが、物理的な距離と感情的な距離に影響されるのもまた、人間らしい一面です。

では、「出席しない」=「何もしていない」のでしょうか?
そうではありません。

葬儀に参加できない場合でも、弔意を表す手段はいくつもあります。
弔電を送る。供花を贈る。喪主宛てに手紙を書く。後日、静かに墓参りをする――それらの行動には、十分に思いやりが宿っています。
大切なのは、故人を想う「気持ち」を、何らかの形で表現しようとすること。
それは決して「出席しなかった」という一点だけで、軽んじられるべきではありません。

今の時代、移動の自由が制限される状況も少なくありませんでした。
コロナ禍の影響で、多くの人が「会いたくても会えない」「送りたくても送れない」現実を経験しましたよね。
その中で私たちは、別のかたちでの「お別れ」や「弔い」を模索してきました。

だからこそ、現代の私たちには、もっと柔軟で、もっと優しい視点が求められているのではないでしょうか。

葬儀に出席することは、たしかにひとつの礼儀であり、区切りでもあります。
でもそれだけが「供養」のすべてではない。
大切なのは、故人をどう想い、どう生きていくか。
その人の生き方や教えを、これからの自分の中にどう根付かせていくか――そこにこそ、「別れの本質」があるのではないかと思うのです。

だから、もしあなたが今後、旅先で大切な人の訃報を聞くようなことがあっても、どうか自分を責めすぎないでください。
人には、それぞれの立場と事情があります。
選択に迷ったときは、家族と話し、心のままに向き合い、そしてあなたなりの方法で、故人への想いを伝えてください。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

目次