「年賀状は、そろそろやめようと思うの。」
そうぽつりと語ったのは、60歳を迎えたばかりの母でした。還暦を祝ったその年の冬。こたつの中で、おせちの残りをつまみながら、ふとした拍子に出たその言葉が、どこか寂しく、でも不思議と前向きにも感じられたのを今でも覚えています。
年賀状は、長い人生の中で築かれた人とのつながりを、一年のはじまりに静かに確かめ合う、日本ならではの美しい文化です。そこには「元気でいますよ」「今年もよろしくね」という、ほんの一言に込められたたくさんの想いが宿っていて、だからこそ、やめるとなると躊躇してしまうのも当然かもしれません。
でも、年賀状じまいは決して「縁を切る」ものではありません。それはむしろ、これまでの関係に一つの節目を打ち、これからの新しいつながり方へとシフトするための、大切な意思表示なのです。
年賀状が持つ「時間」の重み
年賀状を書くという行為には、時間がかかります。住所を確認し、相手の顔を思い浮かべながら、言葉を選び、筆を走らせる。時には印刷屋に頼んだり、パソコンとにらめっこしたり。小さなはがき一枚に込めるその時間と労力こそが、相手への敬意や感謝の証でもありました。
でも、60代ともなると、体力や視力の衰えを感じたり、パソコン操作が億劫になったり、そうした“ちょっとした負担”が年々増えてくるものです。さらに、年末年始の慌ただしさの中で、心のどこかに「そろそろ終わりにしてもいいのかも」という声が、静かに響き始める。
それは、決してネガティブな感情ではありません。むしろ「これまでよく続けてきたな」「今までのご縁にちゃんとありがとうを伝えたい」という、穏やかで誠実な気持ちの現れなのです。
「じまい」は終わりじゃない。始まりでもある
“年賀状じまい”という言葉には、「終い」「閉じる」という響きがあります。でもそれは、関係を断ち切るという意味ではありません。むしろ、これからの人生を、もっと自由に、もっと自分らしく生きていくための再出発とも言えるのです。
たとえば、電話やメール、LINEといったデジタル手段。これまで年賀状を通してしかやり取りしていなかった相手とも、ふとした時に写真を送ったり、近況を伝え合ったり。画面越しであっても、そこには温かい人間味が流れています。
実際、「年賀状をやめたら、かえって気軽に連絡できるようになった」という声もよく聞きます。形式にとらわれず、自分のペースで相手とつながれることが、むしろ心地よい関係を生んでくれるのです。
年賀状じまいに込める「ありがとう」のかたち
では、実際に年賀状じまいをするとき、どんなふうに伝えたらいいのでしょうか。
大切なのは、“感謝”の気持ちをしっかりと伝えること、そして“これからも関係は続けたい”という姿勢を言葉にすること。
「長い間、年賀状を通してのご挨拶を続けてまいりましたが、人生の節目を迎えるにあたり、本年をもって年賀状のやり取りを終了させていただくことにしました。」
「今後は、電話やメールなどで皆様とのつながりを大切にしていければと思います。」
このように、誠意をもって言葉を選び、丁寧にお伝えすれば、相手もきっと理解してくれるはずです。なぜなら、年賀状じまいをする側も、受け取る側も、同じように人生の節目に立ち、変化を感じているからです。
実際、同世代の方々の中には、すでに年賀状をやめたという方も増えてきています。その一歩を踏み出す勇気を、誰かが言葉にしてくれたら、自分もきっと「そうだ、そろそろ私も」と思えるのです。
心をつなぐのは、かたちじゃない。思い
私たちは、つい“かたち”にとらわれがちです。年賀状、手紙、挨拶の言葉……どれも美しく、大切な文化です。
でも、それ以上に大切なのは、「この人と、これからもつながっていたい」という、素朴で温かな気持ちなのではないでしょうか。
たとえ年賀状というかたちをやめたとしても、その気持ちさえあれば、人はいつでも、どこでも、つながれるのです。スマートフォン越しの小さな文字、ふと届く写真一枚、それだけで笑顔になれる瞬間がある。今の時代だからこそ、その新しいつながり方に目を向けてみても良いのかもしれません。
最後に──人生の「節目」を丁寧に生きるということ
60代というのは、人生の第二章のはじまりとも言える大切な時期です。子育てを終え、仕事も一区切りを迎え、少しずつ自分の時間を取り戻しながら、これからの人生をどう生きるか、見つめ直す時間。
そんな節目に、自分の暮らしや心の整理として、「年賀状じまい」を選ぶのは、決して寂しいことではありません。むしろ、自分の生き方に向き合い、丁寧に暮らしを紡いでいくための、美しい決断なのです。
だからこそ、年賀状じまいのメッセージは、単なる挨拶ではなく、自分の人生に対する一つの宣言とも言えるのかもしれません。
「今までありがとう。これからもよろしく。」
そんな気持ちをそっと乗せて、今年最後の年賀状を送りませんか。
あなたの言葉は、きっと誰かの心に、優しく、深く、届くはずです。
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